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謹賀新年

新年おめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。

「今年も新年を迎えることができそうだなぁ」と思った瞬間、今日はもう正月の三日だ。
年々加速度的に早くなっていた時間は、ついこのあいだまで新幹線の通過駅だったのだが、最近は宇宙戦艦並みに瞬間移動する。
年を取るとはこういうことなのだろうか?
この調子でいくと点を越えたとき(減速に転じるとき)には、すべてがスローモーションのようにゆっくりに見えるはずだ。
その点は何時くるのか誰にも分からないが、乗った列車の速度に関係なくこの経験は皆が共有することだと思う。
こうして、体感的に「アインシュタインは正しい」と思えるようになったのもその証拠ではないか。

久しぶりに旧車のエンジンに火を入れた(二日の初火入れ?)。
大晦日からゆっくりバッテリーを充電しておいたのだから当たり前なのだが、一発で始動したのは「今年はいいことがあるかも」的で嬉しかった。
旧車を持つと一々のアタリマエがアリガタイと思えるから有難い。
コイツとは、あと何年こんな気持ちで付き合えるのだろう?
赤い戦闘機は、エンジン音を伴ってはじめてそのシルエットが生きる。
走っていれば尚更なのは言うまでもない。
今年こそ元のエンジンに乗せ変えて車検を取ってやろうと思う。
エンジン音を聞きながら、「今、乗らずして何時乗る?」という思いが沸きあがった。
歳を重ねるごとにもっと高揚するのかもしれないが、今年はもっと「今」を大事にしよう。
場当たり的かもしれないが、先のことは大事にした時がつくってくれるはずだ。

年末に

画家の今村幸治郎さんのお宅でビートルズの新作アルバムを聴かせていただいた。
「ビコーズ」がかかりだしたとき「誰のカバーなんだろう?」と思った。
アカペラのそれは間合いが絶妙だったのだ。
「これダレが歌ってるんですか?」
「ビートルズだよ、今度出たLOVE」と言って、今村さんはその日の朝刊を持ってきて、発売告知の一面広告を差し出した。
二曲目、三曲目に進むにつれて、旧さを感じないどころか「新しい!」。
それに音がクリアーなのには驚いた。
アビー・ロード・スタジオのマスターテープは相当音が良かったのだと思うと同時に今までのCDは何だったのだろう?
熱烈なビートルズ・ファンでもある今村さんは既に発売日以前に持っていてもう何回も聴いているようだった。やはり、感動したのだと思う。
私も帰りがけに買って、それを聴きながら書いている。
時を経て、生涯で二度もビートルズに頭を打たれるとは思ってもみなかった。
生きていると何が起こるかわからない。

新型スカイラインは久しぶりに「キカナイ」スカイラインだった。
トラクション・コントロールが付いているので、さすがにホイール・スピンを起こすようなことはなかったが、1600kgを3.5Lのエンジンは軽々と動かす。
角の丸いボディはコンパクトに見えるが、全長は4m70を超え、フーガと並ぶと見分けがつかないほど堂々とした体躯だから、飛ばしすぎに要注意!
それにしても残念なのは、スポーティ・セダンを標榜したスカイラインの顔が小フーガなことだ。
コーポレート・アイデンティティーなのかもしれないが、ウーパールーパー顔は今回のじゃじゃ馬には似合わないと思う。
個性を大事にする時代は過ぎ去ったのだろうか?
車の世界にも国旗・国家法案があるようでいやだ。
現代の車らしく「良くできた車」だったのだが、機能として一つ気になったのは奥行きよりも天地に長いトランクだった。
これでは開けるとき振りが大きくて使いづらいだろう。
スポーティーであってもセダンであるのだから、顔と同時にデザイン上のツメの甘さを感じる。
「機能美」とは過去の遺物になってしまったのだろうか?

ホワイトカラーエグゼンプションは大企業にだけ露骨に有利な法案だ。
どんなにきれいごとを並べてもサービス残業はふえる、しかも合法的に!
経団連では一定以上の年収500万円ぐらいを予想しているようだが、これではほとんどのサラリーマンが引っかかる。
経営者の理念はどこに行ってしまったのだろう?
これから、年収が一定以上のサラリーマンは、仕事の成果によって報酬が決まるそうだが、成果が明確に出ない仕事はどうなるのだろうか?
既に管理職や営業職では残業が付いていないところが多いし、中小企業ではその残業代を出せないところもある。
では何故いまこの法案を急ぐのか?
以前から言っているように、政治がらみで横文字が出てくるとだいたい怪しい。

11月ころから、5年間続けてきたホームページを変えようと思って変更手続きを続けています。暫時、中身も変更しますので宜しくお願いします。
アドレスも変更して
http://www.idea-staff.com
になりました。
2007年も皆様の着想、計画のスタッフとしてお役に立ちたいと思っています。

公のサラリーマン化

サラリーマンは給与の出どころに忠実であって仕事に忠実ではない、とはよく言われることだ。
そういう意味で、最近の政治家(あるいはずっとそうだった可能性は強いが)はサラリーマン化しているのではないか?と思う。
たとい給与の出どころが国民であっても、政党助成金などを分配するのは党だから、サラリーマンとしては致し方ないのかもしれない。
政策で袂を分かちながらも「おめおめと」復党した議員や、タウン・ミーティングで世論誘導をしておきながら、給与を国庫に返納すれば済むと思っている現首相たちの感覚は一体どうなっているのだろうか?
給与の出どころに忠実なのもいいが、「少しは顧客(=国民)のことも考えてくれよ」と言いたい。
だいたい、政治家はサラリーマンと違って、一人ひとりが仕事の中身で選ばれる仕事だと思う。
それを政党のプロパガンダにのって、当選してからこの始末では国民の政治不信は無理もない。
「広告に偽りあり」と公共広告機構に訴えたいぐらいだ。
はたして仕事に忠実な職人的な政治家は残っているのだろうか?
政治家のサラリーマン化は実に由々しき問題だと思う。

セダン・デザイン

先日、東北道を走っていたら、すごい勢いの白いレクサスに追い抜かれた。
走り去っていく後姿からは車名まで分からなかったが、次のサービスエリアに止まっていたのは紛れもない「レクサスLS450」(新型セルシオ)だった。
相変わらずの無国籍な姿は愛想もなく、高い硬質感は好みの分かれるところだと思うが、高そうに見えるスタイルは異彩を放っていた。
しかし、確かに存在感はあるのだが、同じレクサス商品の中でもGSほど商品イメージは強くなく、ISを大きくしたようなデザイン(値段は倍ほども違うのに!)は何故か「とっちゃんぼうや」という言葉を思い出したものだ。
異彩な高級車といえば最近のBMWが筆頭にあがると思うが、彼のフロントからテールにいたるまでの彫刻的ラインに比べると高級車としては少し寂しい気がする。
機能的にはすばらしいものを持っていることは、先代セルシオに乗って充分想像がつくので、このデザインのつめの甘さは本当に惜しい。
こうした保守的(=高級と思っている?)なデザインがセダン人気のジリ貧状態をつくっているのではないかと思う。
これだったら、クラウンで充分じゃないだろうか?とさえ思ったくらいだ。
しかし、こういう車に乗っている人が相変わらず「どけどけ」では、いかにトヨタが力を入れたところでセダンの人気を回復できるわけがないか。

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