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風流

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今年3月から参加している“座禅会”も5回目になる。
福聚寺には早めに着いたので、H氏と境内で一服していた。
座禅会は月に一度だが、景色の変化が面白い(玄侑宗久師の「不変なものはなにもない」という話が思い出される)ことを語りあう。
夕暮れの境内は蝉の声が包んでいて、「今、ここにいる」幸せを穏やかに感じた次第です。

座禅会の後に師から福聚寺で作った「うちわ」が配られた。
うちわには「風流」の文字が書かれており、師は「風流」の話をされた。
現代では「風流だ」などと動詞的に使われることが多いが、もともとは人の行動などに「誰それの風流」のように名詞として使われたらしい。
人の行動は一貫しているようで実は一貫性はなく、たまに奇異な行為があったとしても、その人の風流として理解したそうだ。
人を許す寛容な社会だったことが伺える。

仕事もさることながら、政治経済の諸問題、医療問題、地元の自治の問題、学校問題などなど、生活に関わる諸問題に忙殺されている振りをしているが、ここにいると実は大したことではないような気がしてくるから不思議だ。
まずは、身の回りのことを気にするよりも、こうして聞く姿勢をつくることが大事だということか。

そういえば、夕べは2度ほど座禅の姿勢を正された。

ジシン

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またも、新潟で地震だ。
震度6強、阪神大震災なみの大地震だった。
今回も8名の死者と900人を超えるけが人がでてしまったのは痛ましい限りだ。

被災地の柏崎といえば原発だが、「漏電による火災」の映像にはさすがにゾッとした。
すぐに「安心」の報道はされたが、福島原発などで見せた東京電力の悪質なトラブル隠しが頭を過ぎった。
心配は的中し、深夜23時のCNNでは、「柏崎原発の6号機から放射能を含んだ水が漏れていたことが判明」した(6号機は定期点検中で稼動していなかった)。
東京電力によれば、放出量は1.2立方メールで、すでに放出は止まっているそうだが、本当に環境への影響はないのだろうか???

細かい数値はまだ見ていないが、心配なのはこうした東京電力の「いつもの」発表の遅れだ。今回も甘利経産相は報告遅延を指摘している。
再三にわたる過去の不祥事はまだ反省されていないようだ。
特に柏崎では、原発の定期検査で国の検査官がだまされ、悪質なトラブル隠しなどを国が見逃してしまったばかりではないか。
一向に反省しない事業者も事業者ならこの期に及んでこうした東京電力をシドウできていない政府にも問題があるのではなかろうか。
ここにも、天下りなどの厚い交流があることが垣間見えるが、こうもずさんな対応が続くと、東京電力の発表する一々が信用できなくなってしまう。

こういう状況下で、しかも地震の多い日本での原発はあまりにリスクが大きいのではないでしょうか。

木をみて森をみず

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「年金記録確認中央第三者委員会」は給付判断の基本方針をまとめた。
最後は説明に来た受給者の「人柄」だそうだが、そこまでして今の年金制度を続けるのは意味のないことかもしれない。
そんな議論をしても年金原資がいくら残っているのか分からないのに、各論を積み上げていっても、いざとなれば本当にもらえるかどうか分からないからだ。
グリーンピアや職員の個人的費消もさることながら、ここまで来て「年金の実態」を隠していること自体が行政の一番の罪ではないだろうか。
行政トップの指示にもかかわらず、全体の数字が掴めないのなら、今の政府は政府の体を成していないし、知っているのに開示しないのであれば、あまりにも国民を愚弄した態度だと思う。

参院選挙で「年金を信じる」「信じない」のアピールをしている場合ではない。
国会議員であるならば、新しい年金の枠組みを提示するのが筋ではないか。
マスコミの論調に乗って各論に終始している場合ではないと思う。
首相を始め、森を見ている議員のあまりの少なさに唖然とするばかりです。

郷土愛

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7月1日は私が小さい頃から続いている「村の一斉清掃」の日だった。
清掃といっても、そのほとんどは草刈だが、実家のある10世帯ほどの地区では毎年2mほどの川の清掃を行っている。
6時ころ集まり7時前には終わる軽作業だが、これがいい。
草刈機を持っている人、鎌を持っている人、それぞれが打ち合わせもなく、それぞれの持ち場につき、ただ始まって、終わる。
終わってみると、川はきれいによみがえる。
まさに「あうん」の呼吸だ。
近所とはいえ、普段顔を合わせることもない人たちと一緒に汗をかく。
すると、無言の中にも地域の一員であることを感じた次第です。
郷土愛とは学校で教わるものではなく、こうした環境から育まれるのではなかろうか。
ただ、昔のように子供たちの姿が見えないのは寂しい限りだ。

とき

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つくづく「因果な商売だな」と思うのは、リスク分析で西暦と年齢だけで表とグラフをつくる時だ。
無慈悲にも他人の一生をたった一枚の紙に落としてしまう。
時間の経過は人によって違うはずなのに、だ。
「皆に公平なのは時間だけ」とよく言われるが、個人に置き換えれば長いひと時もあれば、短すぎるくらい短いときもある。
往々にして幸せの時は短く、そうでないときは長いというのが相場のようだ。
それも振り返れば、の話で既に過去のものだから感覚だけの問題ではあるのだが、過去も多くなれば「忘却する能力」が均一化してしまう。
長く生きてきたような気もするし、短かったようでもある。
さらに、先の話となれば自分の歳も忘れて忙しい振りをしているが、紙に落とせば数センチにしかならないことに愕然とする。
体内時計は過去も未来も時計の刻む正確な時間とは別のところにあるらしい。

また、年金

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国会中継を見ていたら、野党は盛んにフリップをTVカメラに向けて分かりやすいようにと説明するが、年金問題の責任の所在は中々特定できていないようだ。
悪いのは歴代の厚生労働大臣なのか、社会保険庁長官なのか、はたまた社保庁の職員なのか??? それとも全員か?
厚生大臣だとしたら首相の任命責任もあるから「歴代の首相の責任」まででてきて、それじゃあ「それを看過してきた国会議員にも、、、」と、責任論は拡散する一方だ。
この論法でいけば、仕舞には「(そんな与党を選んできた)国民の責任だ」まで出てきそうで、早い話「よく分からない」。
おかげで、歴代の社保庁長官などは“渡り”の莫大な退職金の実態までバレちゃって、「国の被った損害を個人的に補填しろ」という声まで出てくる始末(ただし、「自主的に」だが)。 
勿論、そんなことで済まされる話ではないが、ここをハッキリしないと、総括して次(改革)に進めないという野党の意見は正しいと思う。
しかし、残念ながら、この責任論は社保庁解体と各論と総論の間でうやむやになりそうだ。

“リーダーシップ”ある安倍氏は「一国のソーリ」として、宛先不明の5000万件の年金を一年以内にトツゴウすることを約した(それにしても何故この内閣は普通の言葉を使わないのだろう?)。
しかし、国民にすれば、今回の事件はその「お国」の不祥事なのだから、いまさら「一国の、、、」と言われても何だし、「できなかった」と言われて、一年後に責任を取られたところで、“被害者”は泣き寝入りするしかないのではないだろうか。
一番ありうるのは、形だけ整えるという方法だが、国民はどこまで愚弄されるのだろうか?

官僚と役人を悪人に見立てて(確かに日本の官僚システムは悪だが)、与野党ともに我こそが「水戸黄門」と主張しているが、それでは、これだけの大事件にも関わらず悪の特定ができないということは各党何か“弱み”があるということなのかもしれない。

もう、8時40分を過ぎているのに、肝心の黄門様がなかなか出てこない。
主役の居ない「水戸黄門」を見せられているようでストレスは溜まる一方だ。

年金大事

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最近は行く先々で“年金”の話題になる。
こうした話が嫌いではないので、大概一々引っかかってつい長話になるのだが、昨日は友人が会うなり「受給権が取れるだけ払ったので、もう支払いを止める!」と言い出した。
「天下り先で1億も2億も貰っている、一年かそこいらしか在籍しない“長官”がトップをやっているような組織が信じられるか?」と詰め寄られても、、、。
迫力に押されて「ど、同感です」。
これだけの問題になっているのに、年金がいくらあるのか公表されないのはかなり怪しい、「グリーンピアもあったし、きっと約束どおり貰えないゾ」と言うのだ。
政府は「年金は必ず貰えます」と語気を強めるだろうが、お国の「大丈夫」が大丈夫ではなかったのだから、いまさら“手形”は当てにならないのは事実だ。
百の説明を受けるより、年金の現状を詳らかにしてもらわないことには友人をはじめ多くの人は納得しないだろう。
忙しい友人は「(政府の)過去のつじつま合わせに付き合っているヒマは無いから、今までの分は諦める」「俺はまだ働けるから、年金はこれから自分で貯める」と言っていた。

しかし、ここまで「お上」に愚弄されても、暴動に至らないのは、国民性か?はたまた明治以降の「お上にたてつかせない」教育の賜物だろうか?
核家族も団体行動を苦手にしている要因だろうし、このところの格差社会が、弱者の怒りをも削ぐところまできているということかもしれない。
いずれにしても、今変えなければならないのは憲法でないことは確かだ。明治政府以降延々と続いている肥大化した「官僚システム」こそメスを入れるべき点だろう。
どんな過酷な状況に置かれても「ベスト」はないにしても「ベター」はあるはずだから、今回も事実を誤魔化そうとする政府を逃がさないように、今度の「選挙」は諦めないようにしよう、という約束をして別れた。

それにしても、前回の参院選で敗退した自民党がまた年金で同じ轍を踏むなんて、忘れっぽいのは国民性なのだろうか?

国民の責任

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民主党に移った昔の閣僚を名指しで非難する首相がいたり、そのチラシを作って追い討ちをかけるチルドレンがいたりと、年金問題の火消しには何かと忙しい自民党だが、今度はG8で首相が居なくなったスキに次期首相を狙った会合が行われているという報道がされている(彼らにとっては年金問題よりも大事なことなのかもしれない)。
今回ばかりは、「何であの時、こんな政党に過半数の衆院議席を与えてしまったかなぁ~」と思っている向きも多いのではないだろうか。
強行採決の映像が繰り返されるたびに権力を持った政党の怖さを感じる。
参議院選挙が間近だからこの程度で済んでいるが、もしそれがなかったら、次の衆議院選挙まで与党の暴走は続いていたかもしれない。
最近は改革カイカクで参院不要論まで出ていたが、今回の年金問題をみていると政治の手続きは簡単になってはいけないことを知らされる。
これから投票日までに何が起こるかわからないが、少なくとも「郵政改革に賛成か?反対か?」という一時的な感情的な簡単なものに置き換えられてはならない。
年金問題は与党だけの問題ではない。そんな与党を選び続けてきた結果であることを忘れてはいけないと思う。

原子力潜水艦

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1億3000万人の国で5000万件!もの“宙に浮いた年金記録”を 付け焼刃の法案で実態を放置したまま社会保険庁のカイカクを急ぐ政府は、どう見ても“逃”げに入ったとしか見えないのは私だけだろうか?
改革法では役人が「公務員」の肩書きを外し社会保険庁は民営化されるようだが、ピントがズレすぎているのではないだろうか(コウムインが生涯を保証された特権的な仕事になっていることを暗示しているようで面白い話ではあるが、、、)。
名前が変わって、真に大事なところが隠蔽され、歪められ、忘れ去られた外郭団体は過去に枚挙に暇が無いから心配だ。
役所の数が減って、外部団体は増え、公務員は減ったが、団体職員は増えている。
単なる数字のマジックであることは、国の借金が減っていないどころか、この瞬間にも増えていることからも明らかだ。
借金時計 = http://www.takarabe-hrj.co.jp/clock.htm

外郭団体は潜水艦のように深く静に潜行する。目立たないように、あくまで目立たないようにして、“利権”を貪る。
うっかり見つかりそうになったら、名前と艦長を変えてまた潜る。
乗組員は元公務員で艦長は高級官僚。
税金を燃料にして動くが、時に政治家や業界トップの会社を利用するので極めて燃費が悪い。
乗務員は乗りっぱなしだ。
「あれは“イ号潜水艦”だったからまずかったんですよ。今度は“くろしお型”ですから」と言われても、、、。
むしろ、“イ号”のままでいいから、浮上して乗組員を全取替えしたほうが効果的ではないだろうか?
そして、二度と潜りっぱなしにならないように、定期的に乗組員を陸(=民間)から投入することだと思う。

潜りっぱなしができる原潜と化した行政組織全般に言えることだが、乗務員の交替を理由に港に呼び戻すことが、今一番大切なことだと思う。
そして、民間から定期的に乗組員を送り込み、原潜の中で何が行われているのかをオープンにするためには、兵役があるように「公務員役」があってもいいくらいだ。
グリーンピアなど支出のずさんさばかりか、年金記録の失敗も発覚した現在、まず社会保険庁からその「役」をはじめてみてはどうだろうか。

「領収書を持ってこい」ではあまりに酷いと思ったのか、首相は「何か証拠があれば、、、。」と言い出した。
「役」ができれば、こういう発想は少なくなると思うのだが、、、。

閣僚の死に

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松岡農水相は何を護ろうとしたのだろう?
首相は閣僚としての彼を護るという姿勢を貫いて、ついに彼を死に追いやってしまったようだ。
部下を護るのはトップの度量ではあるが、責任を取らせる見極めをするのも重要な決断である。
連日の国会での野党の追及と松岡氏の繰り返す“順法”答弁を見ていても、あそこまで至って松岡氏を護るのは「酷」というものではなかったろうか?
安倍氏にその見極めができなかったことが今回の「死」に強く関係していたとするなら、とても残念でならない。
また、結果を待つまでもなく、さらし者にした行為は少なくとも美しくはなかった。
噂されているように「国際貿易機関(WTO)WTO交渉が日本に不利な条件(*)で妥結した場合、反発する農協を抑えられるのは松岡氏のほかにいない」ということで松岡氏を容認していたとしたら、さらにニベも無い。
“任命責任”というよりも安倍氏の“政権運営責任”は重いと思う。

しかし、自殺するに値する真実とはいったい何だったのか?
誰もが想像するように、「緑資源機構」まで出てきた自身のカネの問題なのだろうか?今となれば、解明のしようも無いが、、、。

政治資金規正法の改訂で「5万円以上の領収書は添付」されることになったようだが、そもそも政治とカネの問題は政治家のモラルの問題であって、“党”や“個人の考え方”レベルで充分な話をわざわざ立法化するとは、彼らの感覚は些かずれているように思った。
何でも立法化する議員の行為は「法律で決めなければ野放しになる輩を国会議員に選出している」という現実を突きつけられているようでいやだ。
政治には(言えない)お金がかかるらしいが、立法化するということは「法律で規制されないお金(=スキマ)ができる」と言うことだから、「5万円」でも「1万円」でもスキマができることに変わりない。
老婆心ながら、法律に残したことで将来に禍根を残さねばと思っている。
しかし、領収書をすべて添付しているかどうかは、今後、党や議員の重要な選択基準と成りうる話で、「法に従って、、、」などとごまかす議員や政党は排除されていくことを期待することができる。
ポイントは「すべて」だ。
いずれにしても、国会で「法に従って、云々」という言い訳はもう聞きたくないものだ。

*国内農業保護のため高関税をかける重要品目の数について、日本の主張する全品目の10%に対し、4月末の議長文書は5%以下と厳しいものだった。
このまま合意すれば、国内農業に大きなダメージとなることは必至となると見られている。

医師の仕事

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年寄りだから仕方がないのだろうか?
その医師は「完治はしませんよ」と言っていた。
それは、それまで通院していた実家近くの大きな病院から紹介されたソコ出身の開業医を初めて訪ねたときのことだった。
その後、見る間に「壊れて」いく父を看過する(少なくとも私にはそう見えた)その医師の処方に業を煮やした私は3月はじめに認知症の専門医への紹介を求めた。
昔かたぎの母は「先生に失礼ではないか」と仕切りに気をもんでいたが、父の症状の悪化の早さに対して薬を変えるなり、検査をするなりの方法を駆使しない“主治医”の対応が私にそうさせたのだった。

50KMほど離れた専門医の検査の結果、原因は「老化による脳の萎縮」で、父の場合は認知症の心配よりも運動機能に症状が顕著に見られるとのことで、リハビリ効果のほどは個人差があるのでハッキリしたことはいえないとの所見だった。

その結果を持って“主治医”を訪ねたところ、「やはり、そうでしょう」と彼は言った。
「???」!
彼からハッキリした説明を受けていなかったので専門医を紹介してもらった(といっても、自分で探して紹介状を有料で書いてもらったのだが)わけなのだが、どうも所見は端から分かっていたらしく、患者に説明することなく「老化なのだからしかたがない」と思っていたらしい。
そこで、「完治はしませんよ」ということになるのだろうが、家族にすれば溜まったものではない。それじゃ、医者はいらないことになる。
これを知って、流石の母も別の主治医を探すことに同意した。

果たして新しく主治医となるべき先生は初対面のときの一声が「お父さん、顔色いいねぇ!」だった。
新しい主治医は無駄になるかもしれないリハビリの手配も躊躇なくしてくれ、「結果を気長に待ちましょう」と言ってくれた。
技量もさることながら、医師の第一歩は「気を治す(=患者と家族の不安をなくす)」ことなのではなかろうか?
この医師の第一声で母と私はすっかり安心したのだった。

付き物

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今回の父の入院はけっこう示唆に富んでいたように思う。
まず、入院患者の年齢が圧倒的に高いことに驚かされる。
同室どころか、向こう三軒両隣の部屋はすべて老人だったし、食事をカートに下げに来る人の中に若い姿はみえなかった。
やはり、地方の高齢化はより深刻なのだ。

父が入院したとき、同室の二人の老人が転院を迫られていた。
付き添いの奥さんは「もう、3ヵ月経ったんで、、、」と疲れた声で話す。
「さんかげつ?」
今の医療制度では3ヵ月を越すと退院を迫られるそうで、ご主人は前の病院に転院を迫られてココに来たそうだ。
医療制度改革で必要以上の治療を排除するため、一定期間以上の診療には報酬に制限を設けたのが原因のようだ。おかげで盲腸で一週間も入院させてくれる病院はなくなったが、、、。
そこで“健全な”運営をめざす病院は心を鬼にして(?)該当患者に退院を迫る、ということらしい。
しかし、ご主人は素人目にも明らかに自宅に戻れる状況ではない。
だいいち、この奥さんでは動けないご主人の着替えもままならないだろう。
医療の部分では良くなって、それは介護保険の分野だろうと言われそうだが、人の体は一つ。
慢性疾患の患者(特に老人)はどうなるのだろうか?
ケア施設は完備されているのか?誰でも何時でも入所できるのか?

ここでも現実とかけ離れた改革の爪あとが残り、こうした症状は一番弱いところに出てくる。
“現実に則した法律”は理想論としても医療に関してそのギャップはさらに大きくなったように思う。
現に近くの町では、4月から始まった医療制度の改革によって30床以下の入院施設が二つも閉鎖された。その町から来ている前出のご主人は余計行き先が見つからないわけだ。

時には過激な改革も必要だが、問題は法律の出しっぱなしにあると思う。
国会議員が、身内、知人に入院患者が出なければ分からないようでは、観察力はもとより想像力がなさ過ぎるというものではないか。
もっとも、センセイ方は何かあったら都内の一流病院の個室なのだから、現実と法律のギャップは大きくなるばかりか?
いずれにしても立法には常に検証が付き物だと思う次第です。

まったく、もう!

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「午前中に血液検査をして結果がよければ退院できますよ」と言われて、父は大そう喜んだ。
13日間の入院中、初期のCTやエコーの異常はなく、退院日と比較する血液検査のデータを知らされないまま、ただ経口投薬だけが続いた無意味とも思われる大型連休中の入院生活ともこれでやっとお別れになるからだ。
ただ、今回は尿のカテーテルを着けたままの帰宅となるため、その病院関連の訪問看護施設の看護師による器具清掃などの取り扱い説明があると言うことだった。
検査結果に異常はないと言うことだったので、昼食を取ると父と母は身支度を整え“説明”を心待ちにした。

ところが、この説明がなかなか来ない。
母は何度も看護師詰め所に聞きに行ったが、その都度答えは「もう少し待ってください」だったそうだ。
15時に携帯電話に連絡があったとき、母の声は疲弊していた。
その状況にあきれた私は、その病院に隣接する訪問看護施設に直接聞くことを勧めたが、果たしてその施設では「今日退院とは知らされていなかった」そうだ。
「まったく、もう!」。

16時過ぎ“説明”に来てくれた看護師は当初名刺を出して丁寧だったそうだ。
ところが、だ。
母がケアマネージャーから他の訪問看護施設を勧められている旨を伝えると、その看護師は手をひるがえし、名刺まで引き上げて病室を去ってしまったという。
“説明”はその訪問看護施設を利用しなければ意味のないものだったのだ。
結局、楽しみにしていた退院成ったのは5時すぎだった。
「まったく、もう!」

今の医療点数制度では2週間から3週間程度の入院が、病院にとって一番都合がいいそうだと聞いて、今回の父の入院(特に後の一週間)については少なからず疑念を抱いている。
そして自分の益にならないことにはまったくタッチしないという態度。
あからさまな病院の収益重視主義には呆れるが、こうした病院がイヤだといって次を選べないのも田舎の悲しさ。
改めて競争原理が実態とかけ離れていることを認識した大型連休でした。

あつもの

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10年以上も前の話だが、何度か大蔵省(現:金融庁)の監査が、その頃在籍していた保険会社に入った。
保険事業は同省の認可事業だから監査があるのは当然なのだが、その度に会社中に不思議な緊張感が奔ったことを思い出す。
「何か指摘されるのではないか」という必要以上(?)の脅迫観念に駆られてのことだったと思うが、“指導”や“命令”が出たら、会社のパワーはそうとう取られるわけだし、もしも“業務停止”なんか出てしまったら、ダメージは計り知れないわけだから、不安は仕方がない。
会社のエリートたちのハラハラ、ドキドキはそうとうなものだったようで、後には監査人への細かな応対マニュアルができるほどだった。(それにしても、契約者にも出したことのない「おしぼり」の出し方に至っては「飲食店か?」と突っ込みを入れたくなるほどひどい冗談ではあった。)
業界の集まりの機会に他社の人たちと話してみても、やはり大蔵監査は一大事のようで、真顔で「実は監査が入っておりまして、、、」「それは大変ですね」などという会話がよく聞こえてきたものだ。

そのぐらい緊張感のあるお上の監査だから、業法に抵触しなくても、“危なそうなもの”は困りもので、隠匿こそしないまでもエリート達は資料を整え“万全の準備”をしていたようだった。
彼らの素晴らしい頭脳がこうしたことに使われていたことはもったいない話だが、少なくとも、10年くらい前には、「会社が気付かない問題点の指摘と改善」のための監査という本来の目的と実態とは既に乖離じていたように思う。
お上もそんな管理職達の気持ちをよく理解していたようで、全てを公評せずにいくらかの目こぼしもあったようだ。
いずれにしても、監査が済めば会社は万々歳で、そして、その時の緊張感のあまりか、とりあえず喉元は過ぎる。
こうした長い間の契約者不在の“化かし合い”が金融機関を旧い体質のまま置いてきぼりにしてきたのかもしれない。
契約者優位、契約者保護の建前は崩れつつあった。

1990年代後半、計画性のない規制緩和のおかげで商品認可は容易になり、今回の保険金不払い問題に発展した。なんでも公にすればいいと言うものでもないが、隠蔽体質が問題点をぼかし、複雑にしていたのは確かだ(保険業界だけに限らないが)と思う。
今回の不払い問題が契約者の苦情が発端で、自らの立場を考えた監督官庁が調査に踏み切ったことで表面化したのも、もう業界に自浄能力がなくなっていることを意味するのではないか?

先週の朝日新聞だったと思うが、TVコマーシャルをしているあの保険会社が金融庁から指摘を受けたそうだ。
健康保険の高額医療費の還付制度を説明せずに、ガンの治療費を額面どおり提示して消費者の不安を煽ったとして指摘を受けたようだ。
まったくけしからん話だが、こんなことは人を介して売られる保険業界ではどこの会社でも日常茶飯事だ。
「高額医療費の還付制度がありますから、足りない部分を当社の保険で、、、」などと言っていたら医療保険の必要性は弱まるし、第一、不安を煽らなければ、保険は売れないという業界の一つの常識は崩れる。
それに、「高額医療費還付」の説明は“重要事項の説明”には規定されていないという者までいる。
ウソを言わなければ黙っていたとしても遵法精神に反していないというのは、卑怯で間違った考えだと思うが、生き残りをかけた今の日本社会では知っていても、問題さえ起こらなければ、黙っているのは「あたりまえ」と思う人も多いから嘆かわしい。
書かれていなければ、伝えなくてもいいのか?
「『法令遵守』が日本を滅ぼす」(新潮新書)わけだが、売れた人が一番で(保険料の内から)毎年、優績者が海外旅行に招待される業界で、良心はタブーなのか?

この状況で法令、または行政指導を強化するならば、「保険は既に食べられる人しか売ってはいけない(=保険を糧にしてはいけない)法」あるいは「保険を取らなくても従業員を食べさせることができる企業しか保険会社にしてはいけない法」くらいのものを作らないと、こうした問題はこれからも後を絶たないと思う。

事情を知らないマスコミたちは「詐欺だ」「業界崩壊だ」「経営者は辞めて責任を取れ」と騒ぎ立てているが、経営者が変わって対応策を出したところで、根っこは変わらない。
業界に巣食う亡霊たちは、今回も喉もとを過ぎるのをただ待っているだけなのかもしれない。

保険会社の善し悪し

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損保ばかりか今度は生保まで「不払い問題」が発覚した。
2001年からたった5年間で25万件、なんと!総額284億円ものお金(セコム損害保険会社の年間収入保険料に匹敵する!)が、危うく保険会社のポッケに入るところだったから問題だ。
25万軒とは、うっかりレベルの件数ではない。
朝日新聞は15日付社説で「保険金をちょろまかすな」という題で痛烈に批判している。
うっかりレベルの積み重ねであっても構造的にそれを防げないなら、“確信犯”と言わざるを得ないから当然だ。

今回の事件は、利幅を増やすために、特約商品を増やしすぎて支払いのときに細かな個々のフォローができていなかったのが原因と見られているようだが、特約の増え始めた時期を考えれば、今の状況は必然だったのかもしれない。
それは、「生き残り」や「勝ち組」、「負け組」という言葉が踊った時期だったから、ライバルとの“差別化”のために商品内容に厚みのついた1990年代後半頃からだったと思う。
同時に、国も規制緩和し、商品認可が容易になってきていた。
支払い時の体制を整えて、、、なんてコトをやっていたら「負け組」になってしまい、それこそ「生き残れない」。
そこに“欲(=利益)”と言う化け物が商品開発を加速した。
そして、こうした環境の変化に遅れてならじと業界全体が背丈以上の商品開発をしてしまったわけだ。

保険の仕組みは複雑で、売り手と買い手の知識の差は歴然としているから、今回の事件は、ユーザーからすれば詐欺行為ととられても仕方がない。
完全に信用は失墜しているのだ。
これから、各保険会社は特約で得た利益以上のものを問題解決に費やさなければならないと思う。
だから、どの会社がいち早く“お上”に業務改善案を提出するのかよりも、どの会社がいち早く契約者にコンタクトを取るか?が重要だ。

ナショナルは石油ヒーターの回収のために膨大な費用をかけた。
保険会社は、これからどのくらいでてくるか判らない“被害者”のためにどう行動するのだろう?
ユーザーにとっては自分の入っている保険会社の体質をみるいい機会ではないだろうか。

*掲載後の報道で金融庁への報告で、生保38社ベースの不払いの規模は44万件、359億円に達することがわかった。

花まつり

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4月8日は花まつり。
つまりお釈迦様の誕生日だった。
そういえば、最近はお寺の庭先で甘茶を飲む姿もすっかり見えなくなった。

午後から私は子供と三春を訪ねた。
朝から三春の天気は勝れなかったらしいが、福聚寺に着いたときには、お釈迦様の誕生日を静に祝うように穏やかな空気が流れている。
事前に福聚寺では甘茶が振舞われることは聞いていたが、境内に特別な様子は伺えなかった。
だが、あまりにも美しい風情だったので、わざわざ甘茶を頂くためだけに本堂に上がることを避け、お墓のある裏山の天辺まで登って境内を見た。
住職と思しき人が駐車場から出て行かれるのが小さく見える。
托鉢にお出かけになるのだろうか?
清々しい空気は天辺まで変わらなかった。

クリスマスのような欧米風の華やかさこそないが、花まつりの穏やかさは心地いいものでした。

雲の写真集

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以前、「雲」だけの写真集があった。
作者は忘れてしまったが、一冊まるまる雲の写真!
まさに、何じゃこりゃ?だった。
京都の床屋の待ち時間をつぶしながら、そこにあった連綿と続く雲の作品を反射的にめくっていた。
すると、どうだろう?
その何でもない雲の写真に表情が現れてきたではないか。

現実に私のそばにあった雲とはまったく違うものだろうが、写真集の雲は心の奥底から私の記憶をよみがえらせる。
あたりまえだが、思い出にはいつも空はある。
雲のある風景というのは大概天気のいい日なので、あまり話が暗くならないのがいい。
たとい、暗い話であっても天気のいい日は、受け止め方がポジティブだからいい思い出になってしまうのかもしれない。

そんな思い出にひたりながら、なぜか私は「星の王子様」を思い出した。
王子との別れを悲しむ「ぼく」に「自分は自分の星に帰るのだから、きみは夜空を見上げて、その星のどれかの上で、自分が笑っていると想像すれば良い。そうすれば、君は星全部が笑っているように見えるはずだから」というくだりだった。

しかし、図らずも閑中に見つけた雲の写真集はまだ当時の私には甘酸っぱいものであった。
そこにはまだ“私”がいて、当時、昔の彼らはいつも笑ってはいなかったからだ。
それから、別れた人も多くなったがみんな雲の中で笑っている。
やっと「大切なものは、目に見えない」(同書から)ということが分かる歳になったのかもしれない。

80or20?

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入社式が相次ぐ。
時代は変わっても、巨大金融機関や霞ヶ関が就職先の高い人気を誇っている。
特に「能力が高いと見られる人材」は競ってこうしたところの就職を希望するようで、こうしたところも、そうした人たちを積極的に採用している。
しかし、どんなに優秀な人たちを集めたところで、パレートの発見した「80:20の法則」からは逃れられない(と思う)。
法則とは「成績の8割は全従業員の2割が生み出している」というアレだ。

先日、asahi.comの「経済気象台」欄を読んでいたら、「能力が集中すると組織はおのずと官僚化に向かう」と、旨いことを言っていた。
つまり、パレートの法則と併せて考えれば、組織の能力の集中は2割の部分で充分と読み取ることができるのだが、実際は一極集中が加速し、組織内で同窓会ができるほどなのは今もって変わっていない。
さらに、効率(利益)を追求するという新たなベクトルを得た最近の組織では「船頭多くして船山にのぼる」ことも多くなっているそうだ。

そういえば、暫く続いている組織の倫理観の欠落した事件は、こうした“優秀”という一点において「能力が高いと見られる人材」の多い組織で起こっているところが面白い。
世界に冠たる製造業が、かつては船頭ばかりでなく、実際にモノを作る人が多かったために組織としてのバランスが良かったのが一つのポイントだったことを、今こそ学ぶべき時ではないか(別にすべての技術を後戻りさせるという意味ではありません、念のため)?

何れにしても今年の新社会人、はてさて、彼らはその時々において、組織でどちらの役割を果たすのだろうか?
80か20か?

国ぐるみの果ては、、、

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辞書を引いても「不適切」という言葉は出てこない、造語なのか?
「適切」という言葉は「ぴったりと当てはまること。ふさわしいこと」だから、不適切は「ぴったりしない、ふさわしくない」くらいの意味なのだろう。

今回、電力7社が発表した「不適切」な事件は実に4,500件を上回った。
気になるのは原発だが、今回、報告された97件の中には想定外の核分裂反応や制御棒脱落を見落としたことによる臨界事故まであったそうだが、事故の記録は改ざんされ、20年以上隠匿されていた。
結局、原子力は全然「安全」ではなかったということだ。
当時、東電は基準値を上回る「被曝」はないとして、作業員が“原子炉建屋内”で作業していたにもかかわらず、作業を止めることすらしなかった。そして記録を残さず、「無い」ことにしてしまっていたのだ。
しかし、身内の命までも見捨てる行為=電力会社の「不適切」な対応は、本当に電力会社だけの判断だったのだろうか?

まず、原子力発電は国策だったことを忘れてはいけない。
おそらく、当時、原子力事業は推進するためだけでも、その安全性を揺るがすような「事故」が起こってはならなかったはずで、必要以上の隠匿が起こったことは想像に難くない。
「原子力は安全です」というお題目が念仏のように毎日唱えられていた当時、今回のような報告ができたと考えるのには無理があるだろう。
最近のCMは「火力、水力とともにバランスよく」だから、今回、電力会社の報告を解禁したことをはじめとして、国に何らかの方針転換があったのが見えてくる。
だからといって、電力会社だけに責任を押し付けて事の収拾しようとするのは、国としてはちと卑怯ではなかろうか。
教科書検定問題で、沖縄の人たちに手榴弾を手渡しておいて「日本軍は集団自決を強要したわけではない」というのと同じことだと思う。証拠がないでしょう?というわけだ。

友人のお兄さんは、原子炉建屋内の作業員だったそうだ。
つい10年程前、50半ばで白血病を発病し、亡くなった。
友人は白血病になってしまうほど仕事で被爆していたのではないかと疑っている。
「自然界の○○倍の被爆だから大丈夫」などと言ってはいるが、所詮自然でないものにどの程度の影響があるのか本当のところ誰にも分からないではないか。今回のような隠匿があれば尚更だ。
彼は発病から命を落とすまで、原子炉を作ったH社の病院を出ることはなかった。労災だったのかどうか、今となって真相は分からず仕舞いだ。
ニュースの画面上で事態を詫びるお偉いさんばかりが社員ではない。
現場で危険を犯しながら作業をしている人たちからすれば、わかっていたとしても、訴えることさえできないのが実情なのではないだろうか。

今回の「不適切」の裏ではこうした何人もの隠れた被害者が出ていたのかもしれない。
官の国家権力を傘に着た振る舞いは、今後の“被害者”救済(=賠償)に影響するかもしれない、という計算づくでの行動ではないだろうかと、国を疑わざるを得ない心境だ。
関係者全員が心を持って事にあたってほしいものです。

ご縁

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週末、玄侑宗久師のお寺「福聚寺」(福島県三春町)で毎月行われている座禅会に参加した。
この前に座禅を組んだのは学生時代のことだから、実に30年ぶりのことだ。

当時、「初夏の鎌倉で座禅を組んでみませんか」という、大学の勝手な思い込みによる甘い言葉にまんまと乗せられ、友人数名と参加してしまったのだった。
その年初めて企画された“座禅ツアー”では、失礼にも学校側は円覚寺を「早朝座禅」付の宿泊所くらいにしか思っていなかったようで、行きの電車中で渡されたスケジュール表はチラシの甘言どおり、ハイキングや自由時間に満ちていた。
しかし、円覚寺に着いて、ものの一時間も経たないうちにその幻想は消え去った。
大学の引率者がそのスケジュール表をお寺に手渡したところ、旅行企画は簡単に却下されたのだ(アタリマエ!)。
当然のように、お寺からの“ご指導”で正しいものが我々に渡されたときには、一行からざわめきが起こった。
これじゃぁ「修行僧」だ!

とは言っても、お寺のご配慮によって、一度のハイキングと一度の銭湯(本物の修行僧が使うお風呂は使えなかった)が許され、総勢20余名は、無事に三泊四日の「修行」を終わることができた。
終わってみると最初に想像していたほどの厳しさはなく、お坊様のそこはかとない優しさだけが感じられ、むしろ清々しさだけが残ったものだ。
帰りの電車では、還俗する(?)喜びよりも、ただただボーっとしていたことを覚えている。

薄暗がりの本堂は昼間の顔とは趣を異にし、充分静寂を感じる。
もっとも、風が微かに揺らすガラス戸の音や虫の羽音があったので静寂だと分かったわけだが、無音では静寂は感じないことを新たにする。
玄侑宗久師の意識を集中しない集中という矛盾に満ちたお話は、こういうことなのかもしれない。
師の仰るように座れば、30分位の座禅は意外に座れるもので、正座のようにシビレルこともなく(痛くはなるのだが)、ずっと座れるような気がした。さらに、休憩時間には肩こりや股関節に効く体操を教えていただいたりするので、九時過ぎまでの2時間はあっという間に過ぎた。
特に、座禅が始まるまえの法話は物理的に意味として聞くのではなく心に染みるという感じだった。

長い時を経て二度も臨済宗のお寺(円覚寺派と妙心寺派だが)にお世話になって、やっと座禅を組もうと思う歳になったのかと思う。
これも長い友人である中川さんから玄侑宗久師の本を紹介され、福聚寺を訪ねたのがキッカケだった。
ありがとう。これもご縁か?

座禅会の後、参加者たちとお茶をご馳走になった。
その中で自己紹介をすると「以前近所に同じ苗字の人がいた」と話す古希を迎えたというご婦人がいらした。
今年、正月に亡くなった伯父のことではないか?
小学生の頃だ。父が買ったばかりのスバル360で初めて連れて行ってくれた三春の官舎、裏の竹林から筍を貰ってきた懐かしい家だ。
縁側でよく将棋をしてもらったものだ。
当時、伯父は合同庁舎に勤めており、そのご婦人の家から牛乳を取っていたという。
2月の納骨式のとき、あのときの家はどうなっているんだろうね?という話が親戚から出たばかりだったのだ。
まさにご縁でした。