
10年以上も前の話だが、何度か大蔵省(現:金融庁)の監査が、その頃在籍していた保険会社に入った。
保険事業は同省の認可事業だから監査があるのは当然なのだが、その度に会社中に不思議な緊張感が奔ったことを思い出す。
「何か指摘されるのではないか」という必要以上(?)の脅迫観念に駆られてのことだったと思うが、“指導”や“命令”が出たら、会社のパワーはそうとう取られるわけだし、もしも“業務停止”なんか出てしまったら、ダメージは計り知れないわけだから、不安は仕方がない。
会社のエリートたちのハラハラ、ドキドキはそうとうなものだったようで、後には監査人への細かな応対マニュアルができるほどだった。(それにしても、契約者にも出したことのない「おしぼり」の出し方に至っては「飲食店か?」と突っ込みを入れたくなるほどひどい冗談ではあった。)
業界の集まりの機会に他社の人たちと話してみても、やはり大蔵監査は一大事のようで、真顔で「実は監査が入っておりまして、、、」「それは大変ですね」などという会話がよく聞こえてきたものだ。
そのぐらい緊張感のあるお上の監査だから、業法に抵触しなくても、“危なそうなもの”は困りもので、隠匿こそしないまでもエリート達は資料を整え“万全の準備”をしていたようだった。
彼らの素晴らしい頭脳がこうしたことに使われていたことはもったいない話だが、少なくとも、10年くらい前には、「会社が気付かない問題点の指摘と改善」のための監査という本来の目的と実態とは既に乖離じていたように思う。
お上もそんな管理職達の気持ちをよく理解していたようで、全てを公評せずにいくらかの目こぼしもあったようだ。
いずれにしても、監査が済めば会社は万々歳で、そして、その時の緊張感のあまりか、とりあえず喉元は過ぎる。
こうした長い間の契約者不在の“化かし合い”が金融機関を旧い体質のまま置いてきぼりにしてきたのかもしれない。
契約者優位、契約者保護の建前は崩れつつあった。
1990年代後半、計画性のない規制緩和のおかげで商品認可は容易になり、今回の保険金不払い問題に発展した。なんでも公にすればいいと言うものでもないが、隠蔽体質が問題点をぼかし、複雑にしていたのは確かだ(保険業界だけに限らないが)と思う。
今回の不払い問題が契約者の苦情が発端で、自らの立場を考えた監督官庁が調査に踏み切ったことで表面化したのも、もう業界に自浄能力がなくなっていることを意味するのではないか?
先週の朝日新聞だったと思うが、TVコマーシャルをしているあの保険会社が金融庁から指摘を受けたそうだ。
健康保険の高額医療費の還付制度を説明せずに、ガンの治療費を額面どおり提示して消費者の不安を煽ったとして指摘を受けたようだ。
まったくけしからん話だが、こんなことは人を介して売られる保険業界ではどこの会社でも日常茶飯事だ。
「高額医療費の還付制度がありますから、足りない部分を当社の保険で、、、」などと言っていたら医療保険の必要性は弱まるし、第一、不安を煽らなければ、保険は売れないという業界の一つの常識は崩れる。
それに、「高額医療費還付」の説明は“重要事項の説明”には規定されていないという者までいる。
ウソを言わなければ黙っていたとしても遵法精神に反していないというのは、卑怯で間違った考えだと思うが、生き残りをかけた今の日本社会では知っていても、問題さえ起こらなければ、黙っているのは「あたりまえ」と思う人も多いから嘆かわしい。
書かれていなければ、伝えなくてもいいのか?
「『法令遵守』が日本を滅ぼす」(新潮新書)わけだが、売れた人が一番で(保険料の内から)毎年、優績者が海外旅行に招待される業界で、良心はタブーなのか?
この状況で法令、または行政指導を強化するならば、「保険は既に食べられる人しか売ってはいけない(=保険を糧にしてはいけない)法」あるいは「保険を取らなくても従業員を食べさせることができる企業しか保険会社にしてはいけない法」くらいのものを作らないと、こうした問題はこれからも後を絶たないと思う。
事情を知らないマスコミたちは「詐欺だ」「業界崩壊だ」「経営者は辞めて責任を取れ」と騒ぎ立てているが、経営者が変わって対応策を出したところで、根っこは変わらない。
業界に巣食う亡霊たちは、今回も喉もとを過ぎるのをただ待っているだけなのかもしれない。