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国民の程度

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 「国民の程度」発言は細田氏でなくとも、誰しも一度は思ったことのある感情だと思う。
 大抵はマスコミだったり、政治家だったり、国民!と、まとめて呼んでいる人たちばかりでなく、いつもそう呼ばれている側にも少なからず存在している感情だからややこしい。
 私などは、世論調査や選挙の結果を見るたびにセンスが悪いとか、程度が低いとか、思っていたほうだから、珍しく今回は細田氏と意見を一にした。(細田氏は発言を撤回している)

 しかし、当然「国民」とは、国民そのもののことではなく、伝聞によって作られた一部の「国民」の印象であり、そもそも集合体である「国民」に顔はないわけだから、むしろ、そういう印象を与えてしまった「国民」の側にに責任があるわけではなく、そう受けている受け手の責任であることがほとんどではないだろうか?と思うようになった。
 つまり、印象を語る人の品位が(この場合)「国民の程度」を決定付けていることになる。
 そう思うと、最近は国民の程度を問う前に、自分の品位を恥じる次第なのです。