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素のハイブリッド車

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 文化が極度に進歩すると、選択肢は無数に伸びてカテゴリー化するのも難しくなってくる。クルマで言えばスポーティ・ミニバンや同SUVの類(たぐい)、あるいは乗用車の高級化などである。
 技術が進歩したお陰(?)で、べつに体重が重くても、(より軽い車であるかのように)スポーティな「走り感」を実現できる車は多くなった。
 物理的な法則を曲げることなどいとも簡単なようで、電子装置を付けた制動装置や操舵装置などが乗り手に容易にそうした“感覚”を与えることができる。
 しかし、2㌧になんなんとするまで肥大化した乗用車が、スポーツカーと同じレベルで走れると感じるのは“如何なものか?”。
 周りの状況によっては、路面状況が一挙に変わり、乗り手のレベルを超えることだってあり得る。物理的に素直な動きではない分、その限界は高く、そうなった時の立ち直りは困難を極めるだろう。
 こうした限界を高める技術革新が現在の車を今のレベルまで持ち上げていることに間違いないが、明らかに過剰であったことも間違いない。
 
 しかし今、世界は“100年に一度の未曾有の恐慌”と“地球温暖化対策”の中にある。
 直近まで、高付加価値車が肥大化した自動車業界を食べさせるために、必要悪であったことは認めるが、今こそ車の在り方に熟考を促したいものである。
 さもないと、トヨタはプリウスのイメージだけをレクサスに乗せて、重い(=高価な)ハイブリッド車を作ってしまうのではないか、と危惧するばかりである。
 それにしても、政府は今回の優遇税制で廃棄される乗用車のゴミの処分量とハイブリッド車化による大気汚染の清浄化を量りにかけているのだろうか?
 それに、ハイブリッド車の将来の処理費用は…?