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日本国憲法第25条-生存権

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 いまだに「生活保護者が低所得労働者よりイイ生活をしているのはオカシイ」とする人たちがいることには驚きを禁じえない。その事実によって、生活保護者の基準が引き下げられつつあるという現実にはもっと驚かされるが…。
 ハローワークを訪れたソーリダイジンが、たとえパフォーマンスとはいえ、求職に訪れていた人に向かって「まずやりたい事を見つけなさい」と中学生に諭すみたいな言い方をするくらいの国家ではいた仕方のない事なのだろうか?
 そして、すぐに日本国は本当に先進国なのだろうか?と言う疑問がわきあがる。まるで、「貧困は個人の自己責任」という考え方であった産業革命以前の英国社会に戻ってしまったかのようではないか。ハローワークに行けば、日本国が先進国の振りをした国家であることが至るところに転がっている。
 先進国であれば、自由主義の理念である「個人の尊厳」を守ることを一義とし、国家による「富の再分配」を積極的に考える新しいリベラリズムの考え方が根付いているはずだ。貧困が個人の責任と言われたのは、単純な資本主義経済の中で働く機会が均等にあった時代の話なのだから…。
 今や個人の生活を形式的にだけでなく実質的にも国家が保障しなければならないほど働く環境は変わってしまっている。しかも世の中は世界的な不況だ。“社会権”の思想なくして、この逆境を乗り切るのは難しいと思う。
 既に米国ではオバマ大統領がこのことに気づいて新しい政策を打ち出しているし、欧州では歴史的な経験からこの概念は根付いている。しかし、残念ながら、まだわが国にはその概念を理解しているリーダーに乏しい。いつまで“小さな政府”の振りをした大きな政府を続けるのだろう?
 今回の“補正予算”にしたところで、既存の大企業の益を最大限に優先して「おこぼれ」を回してやろうくらいにしか見えないのは大いに残念だ。
 貧富の差による経済的隷属や個人の社会的自由を侵害する偏見や差別などを防ぐためにも、速やかな政府による積極的な介入を望むものである。

日本国憲法第25条[生存権、国の社会的使命]
①すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。